国立ハンセン病療養所菊池恵楓園(熊本県)の絵画クラブ金陽会巡回作品展「ふるさと、奄美に帰る」(同実行委員会主催)は奄美市笠利町の田中一村記念美術館で開催されている。今回は奄美和光園に在職し、国の強制隔離政策に反対した医師小笠原登の描いた掛け軸や長さ約39メートルの絵巻などを奄美で初めて展示。3日は登の生家、真宗大谷派圓周寺(愛知県)の住職小笠原英司さん(60)と息子の慧さん(27)が会場を訪問。南海日日新聞社の取材に対し、親族の思いを語った。
小笠原登は僧籍を持ちながら医師としてハンセン病の研究・治療に当たり、強制隔離や断種を行う国策に異義を唱え続けた。最後の赴任地が奄美和光園で田中一村との交流も深かった。
英司さんは登の弟の孫に当たる。2日は奄美和光園を訪れ、登が9年間生活した園内を見学したほか、納骨堂前で経を読んだ。
英司さんは「登が亡くなってからハンセン病訴訟があり、その名が知られるようになった。今回人と人の縁が奄美での展示会開催、奄美訪問につながり、感慨深い」、慧さんは「父と同じ気持ち。縁がなければここ(奄美)に来ることはなかった」と話した。
作品展は奄美3カ所を巡回し最終回。この日は奄美和光園入所者の依頼がきっかけで誕生した「ワイド節」の演奏イベントもあり、多くの島民や観光客が来場し、作品を鑑賞していた。13日まで。